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「プリンセス・ダイアナ最後の瞬間」を見た。
昨日、気になっていたドキュメンタリー番組「プリンセス・ダイアナ最後の瞬間」を録画、今日見ました。

内容は、ダイアナさんが亡くなって丁度10年になる今、ダイアナさんの生涯とあの事故を振り返り、検証するというものです。
見た感想は・・・

ダイアナさんって寂しい女性だったんだなあ、と改めて思いました。
番組では生い立ちからチャールズ皇太子との出会い、結婚、その後の苦悩、別居、離婚、新しい人生のはじまり、と彼女の生涯を紹介していましたが、結婚する前から愛人関係について知っていたというのが何といっても辛い。
ダイアナさんは幼い頃両親が離婚していて、幸せな家庭に憧れていたらしいんですね・・・で、まだ若かった彼女、「結婚すれば全て解決」と思っていた、と。

私も覚えています。ロイヤルウエディング。。中継で見ました。

でも、切れていなかった。
それどころか、公の場でのスピーチでかなり辛辣なことを言われたりとか。ひどいな、と思いましたよホントに。
離婚の時は「うわー王室ってこういうの認めるんだ・・・」と思ったものでしたが、その後慈善活動に活躍する姿を見て、「離婚してよかった」と好印象を持っていたんです。

それが、あの事故。
番組では「陰謀説」を押し出した構成でしたが、真実は定かではありません。
享年36歳。若すぎる死、でした。

今でも彼女が皆の心に強く刻まれているのは、苦しくても頑張っていたことが伝わっているからだと思う。ううーんわが国のプリンセスは大丈夫でしょうか。。(モゴモゴ)

ダイアナさん。安らかに・・・

余談:
途中CMに入る前のテロップで「引き続き番組をお楽しみ下さい」と出たのには、正直不愉快な思いをした。内容を考えると「お楽しみ下さい」は不適切だと思うんですが、どうなんですかね・・・
私がディレクターだったら「ご覧下さい」にするけどな。
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2007/09/08(Sat) | その他演劇・映画・TV | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
コメント
-- --

>リューザキさん
聞けば聞くほど、ダイアナさんが気の毒に思えてなりません。
それに比べて、わが国のプリンスは、プリンセス一筋。プリンセスラブ!なお方です。何とありがたいことでしょう。
プリンセスの、早いご回復を願いたいです。
by: ままこっち * 2007/09/11 23:19 * URL [ 編集] | page top↑
--ふっ・・・ちがうんです(泣)--

「チャールズの一目惚れ」説、違うと思います。

当時、英国王室は不人気に喘いでおりました。(どこぞの内閣と同じ。。笑)
ヨーロッパの王室には、通称「ヨーロッパ・コネクション」と呼ばれるものがありまして、
「どこぞの国の王子とあちらの国の王女は釣り合いがとれている」みたいに各国王室の結婚を組み合わせています(汗)
エリザベス2世もギリシャの王子(現・エディンバラ公)とこの伝手で結婚しております。

で、前述の通り、不人気の英国王室は、ごくフツーの海外の王室の王女との結婚では国民の支持は得られないと判断。
英国の貴族令嬢との結婚が至上命題となったそうです。

それで候補に挙がったのは、スペンサー伯爵家の令嬢。
当初は、姉のセーラが第1候補でした。
年齢的にも釣り合うし。
しかし、カミラ夫人が、「妹の方がおとなしそうでいいんじゃない?」(爆)と言って、
12歳年下の、ダイアナ・スペンサーに決定!

と、いう説が今では有力です(汗)

チャールズさんのために弁護をしておけば、彼にとってカミラさんは初恋の人でした。
2度プロポーズしますが、カミラさんが、自分の身分の問題から身を引きます。
(エリザベス女王の大反対もあった)

ですから、まあ、チャールズさんは初恋を成就させたってことですね。
メデタシ、メデタシ(汗)
by: リューザキ * 2007/09/11 11:07 * URL [ 編集] | page top↑
-- --

>リューザキさん
結局政略結婚に愛が芽生えるのは難しいってことなんですかね。。寂しいですね。
しかしダイアナさんの場合は、チャールズの一目惚れだったらしいので、その辺始末に終えないというか何というか。番組中で「英国王室にとって愛人がいるのは普通」って・・・をいをい江戸明治時代じゃないんだからっ!みたいな(確か昭和天皇は、側室不要論を唱えたんでしたよね)。
地雷除去運動などに精を出していた頃のダイアナさんは、本当に「自分を取り戻していた」と思います。わが国のプリンセスも、早く自分を取り戻して欲しいと願っています。
by: ままこっち * 2007/09/11 00:48 * URL [ 編集] | page top↑
--プリンセスの変遷--

マリー・アントワネットは、オーストリア皇室から習慣のまったく違うフランス宮廷へ。
夫は、性格が合わず、宮廷の習慣にも慣れず。
もちろん、離婚も出来ず。
お気に入りの取り巻きのみと共に隠棲とも言える生活を。
そして、フランス国民の憎悪の象徴に祭り上げられ、最終的には、断頭台の露へ。。
今では、彼女はオーストリア人だから、犠牲となったと言う説もある。

そのオーストリア皇妃エリザベート。
夫と皇太后と意見が合わず、かと言って離婚も出来ず、
彼女は、宮廷を離れ、世界旅行へ。
(ちなみに、その費用は夫持ち。。汗)
息子である皇太子の起こした男爵令嬢との心中事件後、
黒服を身にまとい、扇で常に顔を隠すようになった。
無政府主義者によって暗殺。

そして、英国皇太子妃ダイアナ。

悲劇のプリンセスの系譜とでも申しましょうか。
時代の変遷と共に、彼女らの行動も変わってきてますね。

宮廷から出られなかった、マリー・アントワネット。
離婚は出来なかったものの、世界中を気ままに旅をしてまわって、無聊を慰めていた、エリザベート。

離婚して新たな生き様を求めた、ダイアナ元妃。

ただ、3人が一番最初に求め、最後まで得られなかったものが、「夫の優しさ」と言うのが普遍的な、結婚の難しさなんでしょうね。
by: リューザキ * 2007/09/09 00:14 * URL [ 編集] | page top↑
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