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上野・千住ぶらり歩き(6)~南千住・円通寺#2
※写真は全てクリックで拡大します
※レポ1つ前の記事は:こちら

黒門の裏手に、フェンスで囲われているところがあります。その一帯が、彰義隊をはじめ旧幕府側の皆さんの、墓所や追弔碑が立ち並ぶ場所になります。

墓所の案内板です。

彰義隊墓所案内

今回は墓所の写真は撮りませんでした。いや、正確には撮影はしましたが、UPすることに躊躇したので、少しでも迷ったらUPするのは止めようと思ってしていません。
お墓は2つ並んでいます。ひとつが「彰義隊士の墓」。本堂に向って右手です。
こちらのお墓は、以前心ない人が別の墓石を壊したことから、現在は柵で囲ってあります。帰宅後にHPで確認したら、社務所に申し出ればお参りくらいはできるようです。
もうひとつ、左手には「死節之墓」があります。こちらは、鳥羽伏見~会津、箱館などで戦い、戦死した方のうち97名の名前と、「神木隊28名」とが彫られています。歳さん、近藤先生の名前もあります。

お墓は一番本堂寄りにありますが、黒門側には碑がいっぱい立っています。ひとつひとつに頭を下げながら、写真を撮らせていただきました。

左から、大鳥圭介追弔碑、沢太郎左衛門記念碑。
大鳥圭介追弔碑      沢太郎左衛門記念碑

左から、榎本公(釜さん)追弔碑、凌雲先生追弔碑。
榎本武揚追弔碑      高松凌雲追弔碑

左から、荒井郁之助追弔碑、永井尚志追弔碑。
荒井郁之助追弔碑    永井尚志追弔碑

このほか、タロさんこと松平太郎さんの墓石(お墓は駒込の大林寺へ移動しています)や、新門辰五郎の碑などがありました。
いやぁ~もう、チーム箱館勢揃いで、お墓ではなく追弔碑なのですが感無量でした。碑の裏側には、いつ建立されたかが記載されていますが、大体が亡くなられてからさほど時間が経っていないうちに建立されています。

それと、多くの碑に共通して彫られているワードがこちら。
大鳥先生の碑の裏側
「碧血會」の文字です。碧血、の文字を見るだけでウルウルしてしまいます。
函館には今でも「函館碧血会」があり、毎年五稜郭祭あたりに碧血碑にて慰霊祭を行なっています。まだ、脈々と続いているんですね。これだけの時間が経っても、供養の気持ちを持つ人たちがいることを忘れずにいたいと思います。

思いに浸って、ふと時計を見るとまだ午前11時過ぎ。
これでオシマイ、ではちょっとなあ、と思ったワタクシ、当初は予定していなかった吉原も回ってみることにしました。地図もないのに・・・大丈夫かっ!?(用意周到なワタクシとしては珍しい)
次は、吉原に向う前に、円通寺まで歩いてくる際に通り過ぎた「ちょっと気になる商店街」、ジョイフル三ノ輪に立ち寄ります。

続きます。
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2008/10/26(Sun) | 土方歳三(&旧幕臣ズ) | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
コメント
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>鍵付さん
初めて円通寺に行ったのですが、黒門周辺を囲っているグリーンのフェンスは、当日は墓所や追弔碑のあるところの入口は開いていたので、特段断りもせず中に入りました。
普段は柵の中に入れない、という「柵」が、墓所のところにかかる柵なのか、全体を囲っているフェンスなのか、よく分かりません。なので記事にもあまり詳しくは書いていません。
いずれにしても碑や墓石が折られたりするのはよくないので、訪れる人にはマナーを守って欲しいですね。
by: ままこっち * 2008/10/29 23:38 * URL [ 編集] | page top↑
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2008/10/27 00:54 * [ 編集] | page top↑
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