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京都・新選組ツアーレポ#2 新徳寺~清河八郎、大演説をぶつ~
さて、今回最大のハイライト「新徳寺」が早速登場です!
新徳寺門


◆新徳寺◆
新徳(禅)寺は、普段非公開のため中に入ることができません。
村瀬さんのご尽力で、ご住職の快諾をいただき、我々は中を見学させていただくことができました。本当にありがとうございます。
新徳寺は臨済宗のお寺で、幕府募集の浪士組が上洛した際に本陣となった場所です。
発起人の清河八郎のほか、鵜殿鳩翁、佐々木只三郎などの幕府の役人もここに泊まっていたと思われます。
新徳寺は清河八郎が例の「浪士組結成の真の目的」(=尊皇攘夷)についての大演説をぶった場所として有名です。その時お寺の本堂に、浪士組の全員、234名が集められ、その話を聞かされたとされています。
その前に本堂に一旦、各組の浪士取締役のほか組頭格が集められ、わざと難しい文章で書いた、建白書への署名について話をしたとも言われています。
ご住職のお話によると、新徳寺が本陣や会合場所に利用されたのは、壬生近辺はお寺は多いものの、ほとんどが浄土宗、浄土真宗のお寺で、ご本尊の前にひな壇が置かれており、場所の確保が難しいためだそうです。新徳寺は禅寺なので、ひな壇もなく座禅を組むためのスペースもあるということで選ばれたのだろうとのことでした。
また、本堂は基本的に当時のままだそうです。天井、梁、床(たたみの表は張り替えますが、その下は当時のものだそうです)、は幕末当時と同じなのだそうです。

こちらが本堂です↓
新徳寺本堂

本堂はご本尊を中央に「横長」になっています。大河ドラマでは清河八郎の演説はご本尊を背にしていましたが、横に長いところで話をするのはしにくいだろうな、と思いました。
もしかすると、ご本尊を横にして(つまり部屋を縦長に使う)話をしたのかもしれません。
それからお寺の本堂とはいえ、さすがに234名が収容されるだけの広さとは言えなかったです。当時の人は今より身長が低かった(平均158cmくらい)と言いますが、それでも1畳に3人で限界だと思います。
中央がだいたい15畳、左右に10畳ずつくらいの広さ、合計約35畳、×4人としても140名程度で相当キツイ感じ、廊下や板の間も含めても200名は厳しそうです。
イメージとしては伝通院に集まった時みたいに、本堂の外にも浪士があふれている感じじゃないのかなと思います。全員入るのは多分、無理そうです。

本堂の左奥に部屋(下の写真)があり、普通の和室なのですがここに清河が起居していたようです。
清河八郎の居室

今はご住職の描かれた清河・坂本龍馬・西郷隆盛の絵が飾ってあります。こちらが清河八郎の肖像画です↓
清河八郎の画


ご住職は新選組の話だけではなく、お説法もお話いただきました。
私が印象深かったのは、

・人が亡くなった年を「享年」といいます。ほかに「行年」という言い方もありますが、二つは大きな違いがある。「行年」は単に現在の年齢をいう。「享年」は天から授かった命を全うした上での年を言う。

・禅宗では「己を知る」ことを大事にしている。己を振り返り、知ることで、相手を知ることができる。新選組は時代の流れに巻き込まれて大変だっただろうけれども、もっと己を知る努力をしていたら、また違った展開になっていたのではないか。

の2つでした。
特に「享年」の話に共感。総司も剣術を極めて、もっと極めるところを目指していたのかもしれないけれど、天はもう十分と思っていたのかなあ、とか、歳さんが箱館で戦死したのも、彼の役目が終わったからなのかなあ、とか・・・ちょっとウッと来ました。

ご住職の描かれた、近藤さん、歳三の肖像画です↓
近藤勇の画

土方歳三の画


普段は入れない、「近藤さんたちが実際にいた、まさに新選組結成のきっかけになった場所」に入ることができたのと、ご住職の説法が聞けたことで大満足。
本当に、ありがとうございました!

所在地:京都市中京区壬生賀陽御所町48
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2005/11/07(Mon) | 京都新選組ツアー2005 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
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京都新選組史跡ツアー一日目「新徳寺」
もう帰ってきました~!(ツアーのみなさま、決してブログを書くために早引けしたのではないのですが、家に着いたらまずこれをしないと・・・・苦笑)総勢20名、村瀬さんと出版社の方と、ままこっちさんのだんな様とご子息を除いては全て女性ばかり、というグループでした なるべく新選組な毎日【2005/11/09 21:49】
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