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大江戸新選組ツアーレポ(2) ~小石川・伝通院 その1~
実は今回私が一番行きたかった場所は、ここ「伝通院」なのです。
浪士組結成の時ここに皆が集まり、ここから京に向けて出発していった、本当の「はじまりの場所」。
歳さんの発句「さしむかう心は清き水鏡」にみる、透明感と緊張感。それをこの場所で感じたいと思っていました。
それから、しつこくご紹介している歳三ソング(と勝手に言ってる)「少年よ(by布施明)」の1番の歌詞は清々しく透明感があり、いつも「伝通院で出立の時を待つ歳さん」を想像してしまいます。
◆伝通院◆ 所在地:東京都文京区小石川3-14-6 
交通:東京メトロ丸ノ内・南北線「後楽園」駅、都営地下鉄三田・大江戸線「春日」駅 いずれも徒歩10分   
拝観時間:10:00~17:00 拝観料:無料

こちらのお寺は無量山傳通院といい、開山は室町時代と大変由緒ある寺院です。徳川将軍家菩提寺の筆頭は芝の増上寺ですが、伝通院は次席として「江戸の三霊山」と言われたそうです(もう1箇所は上野・寛永寺、慶喜が江戸帰還後謹慎したお寺)。
1603年、徳川家康が生母である「お大の方」の遺骨を埋葬し、堂宇(堂の建物)を建立しています。「伝通院」の名は、お大の方の法名「伝通院殿」からつけたそうです。境内は徳川家ゆかりの人々、特に女性(千姫など)のお墓が多いです。

山門付近。
伝通院入口

本堂遠景です。この本堂の階段は、おととし土スタ「山本耕史が行く!」で放送された、山本耕史君と堺正人さんが腰掛けて対談した場所ですね。
伝通院、本堂遠景


さて。
出羽の郷士、清河八郎が発起人になり、幕府が将軍上洛に際しての警護を目的に募集した「浪士組」は、文久3年(1863年)2月6日(5日説あり)に結成され、8日にこの地を出立しています。支度金50両と、身分不問の募集条件はかなり魅力的だったようで、当初想定していた募集人員の5倍ほどの浪士が集まり、鵜殿鳩翁はじめ(あえて松平主税助、とは言わないのがミソ)取締方は大変だったようですね。
浪士組が集められたのは、この本堂ではなく、山内にある塔頭のひとつ、「処静院(しょじょういん)」。
伝通院山門脇に、石柱のみ残っています。この石柱は移設されたもので、実際の処静院は伝通院の左手のほうになります。集合場所に処静院が選ばれたのは、処静院の住職と清河八郎、幕臣で浪士取締役の山岡鉄太郎が知り合いだったためだそうです。
これが石柱。
伝通院、処静院石柱

石柱に書かれている字は「不許葷酒入門内(くんしゅもんないにいるをゆるさず)」、つまり精のつく野菜や肉、魚、酒を飲み食いした者は立ち入るな、という意味ですね。芹沢先生~!酒飲んだら入れないじゃないですかぁー(爆)

こちらが処静院跡。
伝通院、処静院案内板

当時伝通院は非常に広く、敷地内にたくさんの塔頭があったそうです。その後明治期になり塔頭、別院の多くが独立し、伝通院は規模がかなり縮小したとのこと(それでも、今も境内はかなり広いです)。
当時の位置関係を説明する看板がありました。
伝通院、処静院位置関係説明


処静院があった周辺の、現在の様子。すっかり住宅地です。
処静院近辺の現在の姿


次は伝通院内の墓地にある、清河八郎の墓所です。
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2006/01/18(Wed) | 大江戸新選組ツアー2006 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
コメント
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>雄平さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
伝通院は以前から行ってみたかった場所だったので、今回のツアーで回れてとても嬉かったんです。雨だったし団体行動なので、長居はできませんでしたが。
新選組&土方歳三が好きなので、史跡巡りを時々敢行しています。都内にもまだまだ史跡はありますね。
他にもツアー記事や、史跡巡りの記事を書いていますので、よろしければまたお立ち寄り下さい。
by: ままこっち * 2006/01/21 00:50 * URL [ 編集] | page top↑
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こんにちわ
雄平@実りのときブログ
です。よろしくお願いします。
伝通院の名は、よく聞きます。また、実は私はこの近くの大学を卒業しました。
しかし、ここにはこれまで一度もいったことがありません。
やはり、東京は広いですね。

>不許葷酒入門内(くんしゅもんないにいるをゆるさず)

どうやら禅寺のようですね。
桜のころにでも、行こうと思います。

では、また。
by: 雄平 * 2006/01/19 23:19 * URL [ 編集] | page top↑
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>もまさん
ご心配かけてすみません。
伝通院、今度は1人で行こうかな。。ipodに「少年よ」を入れて。。

>一人虫さん、julesさん
えええーーーーーーー!!!!!!!!
月明星稀が、打ち切りーーーーーーーーー!!!!
だってまだ山南さん切腹してないですよね??ええ??何で何で何で??

これ、記事にしますっ!!!
by: ままこっち * 2006/01/19 21:39 * URL [ 編集] | page top↑
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>一人虫さま

え、え、え~~っつ?!
打ち切り、ですか????
いえ、私もかなり今ショックです・・・。
なんで????なんでなの????
ちょっと、ヤングサンデーのサイトに行ってみますね。。。
by: jules * 2006/01/19 21:04 * URL [ 編集] | page top↑
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ままっこっちさん、毎回すばらしいレポート、ありがとうございます。伝通院も、「必ず行くぞ!」な場所ですので、ありがたいです。
実は今、私は、絶不調の落ち込みのどん底の、という状態なので、写真を見ていたら泣けてきちゃいました。
落ち込みの原因は、ヤングサンデー誌における「月明星稀」突然の連載打ち切りです(涙)。伊東甲子太郎が、これから動き始めるぞ、というところでの終了。いろいろな伏線や、今後に繋がるであろう暗示やらなにやらが、ま~ったくゴミのようなものになり、加えて「さよなら新選組」という副題も意味不明になってしまいました。
ショックでショックで、口惜しくて口惜しくて。たかが少年漫画というばそうですが、私は三谷新選組より、はるかに「月明星稀」が好きだったんだ、としみじみ思いました。盛田先生の歳三君がいたから、「!!」も余裕で流せたのね。
ままこっちさん、ごめんなさい。関係ないことばかり書いてしまって。涙っ。
今日はもう、「け○のみち」を見る気力すらありません・・・。「少年よ」を聴きながら、涙の中で寝ちゃいます・・・。

え~、よろしければ、抗議?のおたよりは、以下までどうぞ。私も、たっぷり書きます。
〒119-0139
小学館 ヤングサンデー編集部
(おいおい・・・ホントに落ち込んでるのか?自分・・・って、スイマセン。涙)
by: 一人虫 * 2006/01/19 20:00 * URL [ 編集] | page top↑
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ままこっちさん、とりあえず復調されてよかったです。
伝通院の詳細なレポ、ありがとうございます!
石柱の文字・・・わざわざ注意しているのは、鴨先生のみならず、いかにそういう人が多かったかということかも?
最後の写真は住宅地ではありますが、この道を彼らが通ったのは間違いありません!
山門を出て左側の坂を下ると、当時の面影を偲べる塔頭の一部が残っているのですが、ご案内する時間がなくて本当に残念でした。
暖かくなったら、是非またいらしてくださいね!
by: もま * 2006/01/18 21:42 * URL [ 編集] | page top↑
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