雨が降ったり止んだりで移動も大変ですが、バスなので楽ちんでした♪
電車で回る方は、かなり歩きそうですので歩きやすい格好で出かけることをお勧めします。
◆文京区シビックセンター(文京区役所)◆所在地:東京都文京区春日1−16−21
交通: 東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園」駅or 都営地下鉄三田線・大江戸線「春日」駅徒歩1分
文京区役所は立派な高層ビルで、最上階が展望スペースになっています。雨模様だったので、あまり遠くまでは見えませんでしたが、概ねの位置関係を把握することができました。晴れた日は夕日がキレイで、写真を撮りに来る人が多いらしく「三脚禁止」の貼り紙がありました。
こちらは後楽園の写真。水戸屋敷のあったところです。

小石川植物園は天気が悪くうまく写りませんでした。。
一通り場所を把握したら、バスで本郷へ移動します。
電車で回る方は、かなり歩きそうですので歩きやすい格好で出かけることをお勧めします。
◆文京区シビックセンター(文京区役所)◆所在地:東京都文京区春日1−16−21
交通: 東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園」駅or 都営地下鉄三田線・大江戸線「春日」駅徒歩1分
文京区役所は立派な高層ビルで、最上階が展望スペースになっています。雨模様だったので、あまり遠くまでは見えませんでしたが、概ねの位置関係を把握することができました。晴れた日は夕日がキレイで、写真を撮りに来る人が多いらしく「三脚禁止」の貼り紙がありました。
こちらは後楽園の写真。水戸屋敷のあったところです。

小石川植物園は天気が悪くうまく写りませんでした。。
一通り場所を把握したら、バスで本郷へ移動します。
◆斎藤一旧居◆ 所在地:東京都文京区本郷4-11付近 交通:都営地下鉄三田・大江戸線「春日」駅徒歩5分
斎藤一(藤田五郎)については、特別な説明は不要と思いますが、会津戦争で歳三たち新選組本隊と別れたあとの彼の足跡について少し書いておきます。
仙台へ行く本隊と袂を分かち、あくまで会津藩と運命を共にする道を選択した斎藤一ほか、10名ほどの隊士は、如来堂の戦いで討ち死にしたと言われましたが、実は斎藤含め数名の隊士は生き延びています。
その後斎藤(当時、既に山口次郎)は一戸伝八と名乗り、会津藩の他の藩士と一緒に新潟で謹慎、謹慎を解かれた後は移封先である斗南藩(現、青森県むつ市近辺)へ移住します。
その後、明治7年頃に上京し警察へ奉職、西南の役に参加し戦に出ます。抜刀隊に参加していたという説もありますが、研究によると「豊後口警視徴募隊」に参加していたようです。
※ちなみに抜刀隊は警視庁巡査の中で士族出身者を選抜し、その名の通り白兵戦のために結成された隊で、薩摩出身者が一番多かったそうです。薩摩VS薩摩、とは寺田屋事件を思い出しますね・・・旧会津藩出身者も多かったとの話もあります。
その後警察を辞めたあとは東京高等師範学校(現、筑波大学)や女子師範(現、お茶の水女子大)に奉職、大正4年(1915)9月28日、72歳で床の間に座したまま大往生を迎えたと言われています。
本郷は文豪が数多く生活した街。樋口一葉、坪内逍遥の旧居跡なども近くにあります。
街の雰囲気はこんな感じ。昭和の雰囲気がそのまま残っているみたいでした。


こちらが斎藤一旧居。

建物は大正時代のものがそのまま残っているそうです。写真では分かりにくいと思いますが、坂道沿いのため土台の分だけ高くなった上に建物があります。
古い住居表示が「真砂町」となっていました。おそらく警察に奉職していた時分に住んでいたのではないでしょうか。
斎藤一終焉の地、はもう少し離れた本郷4-30近辺だったそうです。
ここでちょっと余談を。
このあたり「春日」という地名なのですが、春日局(かすがのつぼね)の拝領地だったことから地名がついたそうです。文京区内にはほかにも、音羽(おとわ)や桜木町、青柳町など、徳川の女性や奥女中の拝領地で、拝領した女性の名前がそのまま残っているところがあります。
春日通り沿いに止まっているバスに戻る時、交差点の向こう、通りの反対側に酒屋さんを発見!
その名も「池田屋」!でした。「池田屋だー!」と危うく討ち入るところでした(爆)酒屋に討ち入ってどうすんのっ!(笑)
「御用改めである!お手前方、薩摩幻の芋焼酎を隠しているのではあるまいな!」・・・妄想です。すみません。
ちなみにお店はこちら。
次はお昼タイム。深川へ移動します。
斎藤一(藤田五郎)については、特別な説明は不要と思いますが、会津戦争で歳三たち新選組本隊と別れたあとの彼の足跡について少し書いておきます。
仙台へ行く本隊と袂を分かち、あくまで会津藩と運命を共にする道を選択した斎藤一ほか、10名ほどの隊士は、如来堂の戦いで討ち死にしたと言われましたが、実は斎藤含め数名の隊士は生き延びています。
その後斎藤(当時、既に山口次郎)は一戸伝八と名乗り、会津藩の他の藩士と一緒に新潟で謹慎、謹慎を解かれた後は移封先である斗南藩(現、青森県むつ市近辺)へ移住します。
その後、明治7年頃に上京し警察へ奉職、西南の役に参加し戦に出ます。抜刀隊に参加していたという説もありますが、研究によると「豊後口警視徴募隊」に参加していたようです。
※ちなみに抜刀隊は警視庁巡査の中で士族出身者を選抜し、その名の通り白兵戦のために結成された隊で、薩摩出身者が一番多かったそうです。薩摩VS薩摩、とは寺田屋事件を思い出しますね・・・旧会津藩出身者も多かったとの話もあります。
その後警察を辞めたあとは東京高等師範学校(現、筑波大学)や女子師範(現、お茶の水女子大)に奉職、大正4年(1915)9月28日、72歳で床の間に座したまま大往生を迎えたと言われています。
本郷は文豪が数多く生活した街。樋口一葉、坪内逍遥の旧居跡なども近くにあります。
街の雰囲気はこんな感じ。昭和の雰囲気がそのまま残っているみたいでした。


こちらが斎藤一旧居。

建物は大正時代のものがそのまま残っているそうです。写真では分かりにくいと思いますが、坂道沿いのため土台の分だけ高くなった上に建物があります。
古い住居表示が「真砂町」となっていました。おそらく警察に奉職していた時分に住んでいたのではないでしょうか。
斎藤一終焉の地、はもう少し離れた本郷4-30近辺だったそうです。
ここでちょっと余談を。
このあたり「春日」という地名なのですが、春日局(かすがのつぼね)の拝領地だったことから地名がついたそうです。文京区内にはほかにも、音羽(おとわ)や桜木町、青柳町など、徳川の女性や奥女中の拝領地で、拝領した女性の名前がそのまま残っているところがあります。
春日通り沿いに止まっているバスに戻る時、交差点の向こう、通りの反対側に酒屋さんを発見!
その名も「池田屋」!でした。「池田屋だー!」と危うく討ち入るところでした(爆)酒屋に討ち入ってどうすんのっ!(笑)
「御用改めである!お手前方、薩摩幻の芋焼酎を隠しているのではあるまいな!」・・・妄想です。すみません。
ちなみにお店はこちら。
次はお昼タイム。深川へ移動します。
----
>もまさん
うふふーこういうの見逃さないんですよ(笑)池田屋だー!おおー!みたいな(笑)
>まきこさん
灯台下暗し、ですね。私も実は東京タワーに行ったことも、川崎市民のくせに川崎大師に行ったこともありません(爆)高幡不動には数え切れないほど行っていますが(笑)
函館にもレトロなところ、あるでしょうー!デジカメ持って、お散歩行かれてみては?
>もまさん
うふふーこういうの見逃さないんですよ(笑)池田屋だー!おおー!みたいな(笑)
>まきこさん
灯台下暗し、ですね。私も実は東京タワーに行ったことも、川崎市民のくせに川崎大師に行ったこともありません(爆)高幡不動には数え切れないほど行っていますが(笑)
函館にもレトロなところ、あるでしょうー!デジカメ持って、お散歩行かれてみては?
by: ままこっち * 2006/01/25 00:01 * URL [ 編集] | page top↑
----
>一人虫さん
この界隈を歩いたのは初めてでしたが、ほんとに「軒下」を通って通りに出る、という感じで昔ながらの街並みがそのまんま残っていて、びっくりしました。
東大近辺はウロウロしたことが何度もありますが、一歩入るとこんなところがあるんだなあ、と思いました。東京もまだまだ見どころイッパイ!ですね。でも火事が起こったら大変そう・・・
>一人虫さん
この界隈を歩いたのは初めてでしたが、ほんとに「軒下」を通って通りに出る、という感じで昔ながらの街並みがそのまんま残っていて、びっくりしました。
東大近辺はウロウロしたことが何度もありますが、一歩入るとこんなところがあるんだなあ、と思いました。東京もまだまだ見どころイッパイ!ですね。でも火事が起こったら大変そう・・・
----
ままこっちさん、こんばんは。
上京して最初に住んだのが文京区だったのですが、「こんな風情のある所だったんだな〜」としみじみ感じました。
最寄り駅が護国寺だったのに、一度も護国寺に入ったことがない、まきこでした。
ままこっちさん、こんばんは。
上京して最初に住んだのが文京区だったのですが、「こんな風情のある所だったんだな〜」としみじみ感じました。
最寄り駅が護国寺だったのに、一度も護国寺に入ったことがない、まきこでした。
----
池田屋・・・そういえばそうだ!(笑)
近所にあると、当たり前過ぎて気が付かないものですね(^^;
本郷の池田屋さんも、まさかこんなところで宣伝されているとは思うまい…。
>一人虫さん
東京でも、こういう風景は少ないのでコースに入れてみました。
根津や谷中あたりだと、結構風情も残っているのですけどねぇ。
池田屋・・・そういえばそうだ!(笑)
近所にあると、当たり前過ぎて気が付かないものですね(^^;
本郷の池田屋さんも、まさかこんなところで宣伝されているとは思うまい…。
>一人虫さん
東京でも、こういう風景は少ないのでコースに入れてみました。
根津や谷中あたりだと、結構風情も残っているのですけどねぇ。
----
ままこっちさん、またしてもナイスっ!レポート。
狭い路地、ひしめく木造家屋、苔むした石段。蝦夷共和国では、めったにお目にかかれない風景です。この情緒!いいですねえ。
ハジメさん旧宅がなくても、そぞろ歩きをしたくなる街並みです。
いいなあ、そういえば私は、結構東京の古い町並みが好きです。以前は、時々東京を訪れて、あてもなく歩き回ったりしました。懐かしいにおいがして、「あっ、昔の空気だ」なんて思ってしまうんですよ。不思議〜。
ままこっちさん、またしてもナイスっ!レポート。
狭い路地、ひしめく木造家屋、苔むした石段。蝦夷共和国では、めったにお目にかかれない風景です。この情緒!いいですねえ。
ハジメさん旧宅がなくても、そぞろ歩きをしたくなる街並みです。
いいなあ、そういえば私は、結構東京の古い町並みが好きです。以前は、時々東京を訪れて、あてもなく歩き回ったりしました。懐かしいにおいがして、「あっ、昔の空気だ」なんて思ってしまうんですよ。不思議〜。
----
>ススムン
あの場所で池田屋、はヤバイでしょー!思わず道を渡りそうになりましたよ(笑)
次回はお酒を物色に立ち寄ってみようかな?
>ススムン
あの場所で池田屋、はヤバイでしょー!思わず道を渡りそうになりましたよ(笑)
次回はお酒を物色に立ち寄ってみようかな?
----
ははは、池田屋ありましたねw
幻の芋焼酎、飲みたいですね♪
ははは、池田屋ありましたねw
幻の芋焼酎、飲みたいですね♪
トラックバックURL
→http://mamakocchi.blog22.fc2.com/tb.php/407-f36fbf9a
→http://mamakocchi.blog22.fc2.com/tb.php/407-f36fbf9a




