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浦賀&久里浜・開国の町歩き(1) ~浦賀ドック~
前日の日野巡りでかなり歩いたので、疲れているはずのチビッコですが、朝から元気で「今日もどっか行きたい~!!」と大はしゃぎ。
久里浜、久里浜がいい~と言うので、浦賀と久里浜に開国の風を感じに?行くことにしました。

ルートはこんな感じ:
京急浦賀駅→徒歩で東浦賀のお寺巡り→浦賀の渡しで西浦賀へ移動→愛宕山公園→浦賀奉行所跡を確認→バスかタクシーで久里浜・ペリー記念公園→久里浜駅から帰宅
所要時間は、京急浦賀駅に到着→JR久里浜駅に着くまで で約4時間。
我が家は川崎市内で、同じ県内ということもあり自宅→浦賀は1時間弱で到着しました。
朝10時半ころノロノロと出かけても余裕で回れました。
ちなみに・・・ご存じない方のために地理関係を少々。
浦賀、久里浜とも神奈川県横須賀市内です。三浦半島の東南部に位置しています。
交通手段は東京・横浜からは京浜急行が最も便利。安くて早い。久里浜はJR横須賀線も利用可能(終点)。

◆浦賀ドック◆ 所在地:神奈川県横須賀市浦賀町4-7  交通:京浜急行「浦賀」駅徒歩5分
開国の風を感じる第一歩は、浦賀ドックから。
浦賀ドックは通称で、正式には「住友重機械工業(株)横須賀製造所浦賀艦船工場」といいます。つまり住友重機の浦賀工場です。住重は造船事業をIHI(石川島播磨重工)と一部統合し、造船事業自体を分社化しました。それに伴い、ペリー来航150周年にあたる2003年(3年前)に浦賀から撤退、浦賀ドックは閉鎖となりました。現在は閉鎖されたままになっています。※普段は立入禁止です。イベント等の時だけ中に入れます
浦賀ドックはまさに「日本の造船の歴史そのもの」です。嘉永6年(1853)、ペリー提督率いる艦隊が浦賀沖に来航したのは皆さんご承知の通り。
これがきっかけになったのか、同年、幕府は半世紀近く議論を続けていた大型船の建造をついに解禁。以前から洋式船の建造技術を研究してきた浦賀奉行所が造船所を開設します。これが浦賀ドックの原点です。(小栗上野介の進言で作られたと誤解されることもあるようですが、小栗が作ったのは浦賀造船所ではなく横須賀の製鉄所)
翌嘉永7年(1854)、この浦賀造船所で日本初の洋式軍艦「鳳凰丸」が建造されました。また、安政6年(1859)日本で最初のドライドック(乾式ドック:水を抜いて船を修理できるドック)が作られ、太平洋横断前の咸臨丸を修理したのもこの浦賀造船所です。

東浦賀のほうから写したドックの門。
浦賀ドック門


案内板が出ています。
浦賀ドック案内板


浦賀のあちこちに残る史跡や会社ですが、ほとんどに「中島三郎助」が関係しています。
例えばこの浦賀ドック。中島三郎助は浦賀奉行所の与力だった当時、黒船が来航しましたが、通詞(通訳)とともにサスケハナ号に乗り込んで応対したのは彼、ですし、鳳凰丸の建造や咸臨丸の修理にも携わっています。
その後明治になって、中島三郎助の23回忌に荒井郁之助(箱館政府海軍奉行)が、中島三郎助をしのんで浦賀に造船所を創ってはどうかと発案し、榎本武揚(同、総裁)が賛成。様々な協力者を集めて明治30年(1897)、浦賀船渠(株)が設立されました。これが浦賀ドックのルーツです。
その後、浦賀重工業株式会社を経て住友重機械工業株式会社となり、現在に至ります。100年超にわたり船を建造し続けた浦賀ドック。建造した船は1000隻以上、あの「日本丸」や「青函連絡船」など多くの船を世に送り出しました。
住重のHPに沿革が掲載されています

ドックは閉鎖されているので現在中に入ることが出来ませんが、いろいろ調べてみたらこちらのサイトに、詳しい写真が掲載されていました。100年以上にわたり日本の造船産業を支えてきた様子を感じ取れると思います。

次は中島三郎助の墓所がある、東林寺を目指します。
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2006/05/06(Sat) | 中島三郎助史跡巡りin浦賀 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
コメント
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>まきこさん
浦賀ドックの案内板で涙、だとこの先のレポは読めないかも、です・・・そのくらい、どっぷり「中島三郎助」な町、でした、浦賀は。
レポ2はその中島お父さんについて詳しく書きます。今まとめているので、お待ち下さいまし・・・(書きながらも涙)
by: ままこっち * 2006/05/06 22:32 * URL [ 編集] | page top↑
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>絵美子さん
是非、是非行ってみて下さい。特にチーム箱館スキーには、涙なしでは回れない、かも・・・
絵美子さん家からなら、多分日野、とあまり変わらない所要時間で行けると思います。
by: ままこっち * 2006/05/06 22:30 * URL [ 編集] | page top↑
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>ゆぅちゃんさん
今年行かれたんですよねー!我が家は、1月の「中島三郎助まつり」を狙いましたが、チビッコのインフルと私の胃炎で企画はボツとなってしまいました。
咸臨丸のお祭りは5月だと勝手に思い込んでいたんですが、4月末なんですね・・・来年は検討してみます。
by: ままこっち * 2006/05/06 22:29 * URL [ 編集] | page top↑
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ままこっちさん、こんばんは。
レポありがとうございます!
案内板を読んだら、涙が出てきてしまいました…。
by: まきこ * 2006/05/06 19:53 * URL [ 編集] | page top↑
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私も神奈川に住みながら一度も行ったことありません。
行ってみたいです!
幕末ゆかりの地は片っ端から行きたいです。
by: 絵美子 * 2006/05/06 17:45 * URL [ 編集] | page top↑
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ままこっちさん、こんにちは、
毎年4月29か30日に「咸臨丸フェスティバル」があって、その日に浦賀ドックが解放されます。マニア史跡の海軍兵学校屯所跡の碑や、ドックも底部の見学が解説付き(無料)できます。子供連れでも、イベントや出店で海軍カレーなんかも食べれたりするので、来年来られることをお勧めいたします。
by: ゆぅちゃん * 2006/05/06 13:31 * URL [ 編集] | page top↑
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