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つまるところ、「国語力」の問題ではないかと。
UPしようかどうしようか非常に迷いましたが、やっぱりUPします。

最近小中学生(一部高校生)のいじめによる自殺(or自殺未遂)問題が大きく取り挙げられていて、報道されることがかえって自殺の連鎖を招いているのでは、とさえ言われています。
文部科学省には自殺予告の手紙がどんどん届いていて。最初は1通だけだったのが、既に数十通とも。

乱暴な意見であることを承知で書きます。
石原都知事は「自殺予告するヤツは自殺なんてしないだろう」と「たけしの日本教育白書」でハッキリ言っていましたが、私の考えもそれに近いです。
既に何通も届いている状況では、必ずしもそうとは言いませんが、最初の一通。あの文章で宛先別に7通も書いて、さらに文部科学大臣宛に出す勇気がある人は、自殺(これに至る時点で、「鬱」の状態に近いのではないかと思います)はしないだろう、と。
むしろ頭のいい誰か、による「今、文科相宛てにこういう手紙を出せば、もっといじめの問題を世の中全体が大きく取り上げてくれて、それで少しでもいじめが減ればいい」と考えての行動では、と考えるほうが私にとっては自然でした。
とはいっても最近の若者、メールなんかで攻撃的なことを書く人に限って、「おお上等じゃねえか」と面と向かって話をすると、驚くほど弱々しかったりすることもあるので言い切れない部分はありますが。

いじめは良くないことだと誰もが思っていますが、正直なところ撲滅するのは不可能だと思います。
日本はその昔、「いじめ」の構図を社会的に作り出し、それを制度的に維持することによって全体調和を図っていた国です(cf、身分制度、同和問題、近隣諸国民に対する偏見、など)。他国も然り。
それが全てはなくならないにしても、だいぶ差別や偏見の念が薄まってきたことと、陰湿ないじめがクローズアップされてきたことは全く無関係なのだろうか。。と思ってしまいます。

撲滅するのが不可能、なのであれば、それに遭遇した時に身を守る方法を考えたほうが現実的ではないか、と。やられた方はいかに立ち向かうか、もしくは逃げおおせるか。
精神的にも弱くなっている気がします。最近の若い人、「なんちゃって鬱」みたいな人、結構います。
ちょっと辛いと「自分は鬱だ」と思い込む。簡単に会社を休む。辞める。こういうのはただの現実逃避だと思う。本当に鬱病の人に対して失礼だ。

一方加害者側。最近の子はケンカの仕方、知らないんでしょうね、多分。平和な時代が続いた代償なのか。攻める時は必ず逃げ道を用意する。これ、戦の鉄則ですわな。さらに言うと、「金持ちケンカせず」じゃないですが、「戦わずして勝つ」のが最も優れた軍人です。そういう基本、誰か教えてやって下さい。

誰もが小さい頃からケンカしたり、いじめたりいじめられたりしながら人間関係と力加減を学んできた筈、なんですが、人間関係自体が希薄なのか。結局コミュニケーションの量が圧倒的に不足している気がする。それと質。
TVで見たんですが、大学教授が若者のケータイメールを2年くらい分析したところ、使われている語彙は200語程度だったんだそうです。
某私立大学では学生に「桜前線が北上し」と書取りさせたら、平仮名ばかりだったそうで、その状況に大学側が驚いて「日本語」の授業を新設したとな。日本人学生に、ですよ。
この体たらく。読書の量も、名文に触れる機会も授業数の削減と共に大幅に減っていることも原因ではないかと思います。

そこで、この前のTV「たけしの教育白書」に出てきた司馬遼太郎のエッセイ。
「二十一世紀に生きる君たちへ」というタイトルで、小6の国語の教科書に掲載された文です。
こちらで読めます
生きていく上で、大事なこと。丁度思春期を迎える頃の子どもに伝えたいメッセージが、平易な文で書かれています。
これを何度も読み返す子どもが増えれば、これを教える家庭が、大人が増えればケンカやいじめの限度、も自ずと理解できるのではないかと思いました。
司馬先生はこれを書くのに10ヶ月近い月日を費やし、何度も何度も推敲を重ねて原稿を書いたそうです。しかし採用した学校は1つもなかったらしい。出版社がマイナーだったから、という説もあるようです。
全ての教科書に掲載しろっ!!!なんて思ったりして(難しいでしょうけどね)

朝日新聞のコピー「言葉は感情的で、残酷で、時に無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。」 
多少「?」な部分も感じるものの、私はこのコピーには共感する。言葉は使い方によって人を傷つけたり、場合によっては死に追いやったりすることもあれば、人を感動させたり、何か大事なことに気付かせたりすることもあるのは事実。

他者との意思疎通は言葉によって行われるところが大きい。つまり「言葉によるコミュニケーション」はかなり重要だ。
だから私たちは、自国語をしっかり学び、名文に触れ、語彙を増やし、言葉で自分の考えや気持ちをきちんと他者に伝え、さらに他者が伝えようとすることを理解し推し量ることができなければならないのだ。

言葉に、文章に人間の品性、品格が反映される。
もっと自国語の大切さに皆、気付いて欲しいと思います。

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2006/11/25(Sat) | 日々徒然 | トラックバック(1) | コメント(8) | page top↑
コメント
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>しずくさん
子どもの問題は結局大人の問題、でもありますからねぇ~
なんと給食費を「払えるのに払わない」人も多いんだそうですよ。高級外車に乗ってるくせに、「何で払わなきゃいけないんだ」って・・・
そんな親に育てられた子どもの将来が心配です。それを司馬先生はもっと前から危惧していた、ということでしょうかね。
平和ボケのせいだ、と石原都知事は言ってましたが、私もそれは多少関係あるのではないかと思います(イコール軍備強化ということではない)
by: ままこっち * 2006/11/27 23:36 * URL [ 編集] | page top↑
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ままこっちさん、いじめ問題は、今の自分の仕事に大きく関わっているので、無視できない問題です。
あの番組は最後の方しか見なかったのですが、私も司馬さんの言葉に感動し、早速ネットで対訳付きの本を購入しました。
(ネットで読めたんですね~知らなかった)

ちょっとした衝撃に耐えられないガラスのような心を持った人、
我慢のできない人、
けんかの仕方を知らない人、
子どもだけでなく大人にも多いですよね。
そんな大人たちに育てられた子どもたちの行く末が心配になります。

直接会って話せば分かり合えるのに、日本語の表現ができてないのに、何でもすぐ文書でやり取りしてしまって、かえって溝が深まってしまう人間関係も多いですよね。

ままこっちさんの記事を読んで、私もいろいろ考えるところがあったので、いずれ記事にできるといいなあ(ただいま記事たまりっぱなしで。。。)。
by: しずく * 2006/11/27 20:34 * URL [ 編集] | page top↑
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>忍っこさん
だいたい「キモイ」って言葉自体がどうよ、と思うんです。コトバを馬鹿にしている気がします。
「キモイから死ね」と言われたら、「そんなことを平気で言えるオマエこそキモイから死ね」と言ってやれ!!と私の父(大正生まれのバリバリ戦前派)なんか怒ってました。人前でパンツ脱がされたくらいで死んでたら、命がいくつあっても足りない、とも。(これには激しく同意、なんですが)
「常識」が通じる範囲で、であれば過保護は良くないと思います。ただ、現状は「どこまでやったらヤバイのか」の判断がきちんとできない=常識が通じない 時代ということなんでしょうか。。
by: ままこっち * 2006/11/27 00:13 * URL [ 編集] | page top↑
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>きのこさん
記事をUPすべきなのか相当迷ったのは事実です。数週間前から下書き原稿を何度も推敲して、本当はもっと書きたかったこともあったんですがこの状態でUPしました。
何だか簡単に自殺してしまっているように映るのは気のせいなのでしょうか。昔だっていじめ、はあったし、私が中学生だった頃なんてのは「荒れる学校」が当たり前で、卒業式には警察とか機動隊が出動!なんてこともしょっちゅうでした。それでも自殺のニュースはそんなに多くなかったと思います。
ワールドが狭い、のでしょうか・・・電車に乗っていても平気で化粧したり、耳にはヘッドホン&ケータイで常にメール、それでは公共の場において周囲との関わりを一切断っているということとほぼ同意、では?そんな「自分ワールド」の狭さが結果的に困難に直面した時に取るべき道の選択肢を狭めているのかな、とも思います。
簡単に死ぬなよーーー必死になって生きようとしているヒトも大勢いるのに。と言いたいですね。
by: ままこっち * 2006/11/27 00:09 * URL [ 編集] | page top↑
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>キトラさん
片山知事のおっしゃることはごもっともだと思います。最近そういう「知識」のない人、全体的に増えてますね。振り込め詐欺なんかも、誰かに相談すればいいのに。ちょこっと確認すればいいのに。
どうも「いじめをなくそう!」みたいな、正論を真正面から振りかざされることに抵抗を感じてしまいます。多分なくならないものだから。その理由は簡単で、「ヒトの本能」に根差した行為、だからです(TVで評論家の宮崎哲弥氏も言っていました)
だからこそ理性でそれを制御しなければならない、一方でなくならない現実に対してどう対処すればいいのか、を考えるべきだと思います。
「正しいケンカの仕方」を教えてやって欲しいですねえ・・・
by: ままこっち * 2006/11/27 00:04 * URL [ 編集] | page top↑
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言葉の暴力って怖いですね
当人はイジメではないと思っていても
「キモイおまえなんか死んでしまえ」なんてこと言われたら、落ち込みます
言葉って相田みつをさんの一言のように
慰めてくれたり、元気づけられたりするのも言葉です。
まず自分が言われたらどうだろう・・と
考えて欲しいですね
by: 忍っこ * 2006/11/26 08:49 * URL [ 編集] | page top↑
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ままこっちさん、私も、中学生と高校生を持つ身として、いじめ問題には日々心が痛みます。(中学校結構荒れてますし)また、大河内清輝君の事件のあった十数年前から、何度もTV討論番組がありましたが、そのたびに同じことが語られ、状況は少しも変わらないどころか悪くなっていることに茫然とします。
実は、「いじめ問題」について、記事三回分くらいワードに下書きしてたんですが、まとめ上げることができず、アップするまでに至りません。だから余計、ままこっちさんの勇気に感じいります。そのうち頑張ってアップできる形にしたいです。
司馬さんは、これからの日本を、本当に心配してましたよね。晩年に連載していた「この国のかたち」を読みながら思っていました。
いじめはあってはならないことですが、「撲滅するのは不可能」、悲しいけれど同意です。子供たちだってそう思っています。しかし「いじめ自殺」は撲滅しなくてはならないし、できるはずだと思います。
by: きのこ * 2006/11/26 01:19 * URL [ 編集] | page top↑
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ふむふむ。なるほど。

今日、鳥取県の片山知事の話を聞きましたが、
「本当に困ったときに適切な機関に相談できない、そういう術を知らない人が増えてる」
と言ってました。
で、それはそういう教育がなされてないからだと。

日本は、あってはいけないことは起こらないものと考えようという国ですよね。
言霊信仰もあってか、万が一のことなんか考えたり口に出しちゃいけないっていう。

これからは、悪いことってのは起きるもんだという前提で
いろいろなことを考えなければならないと思いますね。

「いじめをなくそう」より、いじめに遭ったらどうするかが重要課題なのに、マスコミは論じませんね。
by: キトラ * 2006/11/26 01:03 * URL [ 編集] | page top↑
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