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137回目の、上陸記念日。
夕べ早く寝てしまい、記事が溜まっています(汗)
今日は何とか「箱館レポ~歳三嘆きの松」をUPしたいと思っています。

さて、今日12月3日は。
明治元年(1868)10月20日。開陽が鷲ノ木に到着した日です。
※鷲ノ木については以前記事を書いています。こちら

当時の様子は、やはり雪景色。

・甲板上に出て四方を望むに積雪山を埋め海岸の人家冷瓏として実に銀世界の景をなせり。(「南柯紀行」大鳥圭介)

今朝の函館は、雪のようです。天気地図で見てみたら、森町付近も朝、雪が降ったのではないかしら。。

先日あるゆさんとこでこんな記事を見つけて、ふと思ったこと。
私は仕事でここ10年ほど製造業&IT系技術者の採用関係に携わっているのですが、業務を通じて感じた経験則のようなものがあって、

・会社が傾いた(傾きそう)な時、本当に優秀な人は「傾いたことが周知される前」にいち早く出る(辞める)、「最後の最後まで残る」か、のいずれかである

傾向を感じます。
これを戊辰戦争に置き換えれば、前者が慶喜公&勝先生、後者は釜さん達チーム箱館の皆さん、なのかな、と・・・
箱館総攻撃の前の時点で既に、了介(黒田)は長州勢に何の相談もなしに「敵将兵の助命に全力を尽くす」ことを決めていた、そうです。彼らの優秀さを肌で知っていた、ということなのかな・・・頭丸めてまで助命のために奔走してましたからね。

私は慶喜公や勝先生は頭もいいしすんごく優秀な人、なんだろうと思いますが、それと好き・嫌いは別。。あまり好きではないです・・・

私は函館には夏しか行ったことがないんですが、いつか冬の函館にも行ってみたいです。

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2006/12/03(Sun) | 土方歳三(&旧幕臣ズ) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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