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山本五十六@「その時歴史が動いた」。
昨日(正確には一昨日)の「その時」。
アンコール放送ということで、「シリーズ真珠湾への道~前編」でした。

「真珠湾攻撃」と言えば、太平洋戦争の火蓋を切った奇襲攻撃。「ニイタカヤマノボレ」とか「トラトラトラ」の電信で有名なあの作戦を立案、指揮した当時の連合艦隊司令長官、山本五十六が主人公でした。

私は日本史をあまり勉強していないので、太平洋戦争に至る経緯などについて詳しいわけではないのですが、今回の番組は見てよかった。。
山本五十六についても、長岡(新潟県)の出身(=河井継之助と同郷)だったこと程度しか知らなかったんです。

番組では、前編ということで真珠湾攻撃を立案するまでの経緯について解説されていました。
それによると。。

・大陸進出でイケイケの陸軍に対し、海軍としては基本的に最後まで対米開戦に消極的だった。理由は太平洋地区が戦場になれば、矢面に立つのは海軍だから。
・特に山本五十六はかなり強硬に反対しており、暗殺リストに名前が載るほどだった。
・というのも、米国滞在や視察をする中で、産業や技術のレベル、資源含めて国力の差を肌で感じたため。
・第2次ロンドン軍縮条約予備交渉において、不平等条約と言われた「ワシントン海軍軍縮会議」で決められた主力艦保有比率、米、英、日本=5:5:3を何とか覆そうとする政府の強硬姿勢に対して「上限撤廃や条約の廃止、破棄は米英との差を広げるばかり」と主張、帰国後海軍の中でマイナーな航空本部に左遷
・そこで技術開発にいそしみ、航続距離を飛躍的に伸ばすことに成功。これからは巨大軍艦ではなく航空機が重要と感じる
・海軍軍人として最後の仕事「連合艦隊司令長官」の任期満了が近い時期に三国同盟締結→開戦は免れない状況に陥る
・海軍を辞めるか、軍人として職務を全うするかで悩みに悩んだ末、後者を選択。逆に「どうすれば損害を最小限にとどめることができるか」に視点を切り替えて「真珠湾攻撃」を立案

むむー、「最後まで対米開戦に反対したけど、状況的にもう引き返せない、ならば戦う」ってどっかで聞いた話。と思ったら。
そう。彼の出身「長岡藩」のミスター・ガットリング砲、河井継之助と同じじゃないですかぁーー!!!と目からウロコ!

さらに、番組で
山本五十六の祖父は旧長岡藩士で、戊辰戦争(北越戦争)で戦死している
との説明がっ!!!

調べてみると、
・山本五十六はもともと「高野五十六」、旧長岡藩士、高野家の六男。
・祖父と父は戊辰戦争に参戦
・戊辰戦争時家老職にあって会津まで戦い、捕縛、斬首された長岡藩軍事総督「山本帯刀」の家名が廃絶されていたのを、相続して山本五十六になった

となーーー!!

歴史ってスゴイ。。。
ついでに本日、12月8日はまさに真珠湾攻撃、その日です。

次回、後編も見ます!!!

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2006/12/08(Fri) | 土方歳三(&旧幕臣ズ) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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