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駿府出張&ぷち墓参。
今日の午後、静岡出張に行ってきました。

東京~静岡、は新幹線ひかりで1時間程度。近いです。
昼に出かけて夕方6時過ぎには帰ってくるという手近さ。出張もこのくらいの距離ならラクですね。
今日は顧客訪問ではなく社内の打ち合わせ。静岡駅近くの支社で2時間ほどのミーティングでした。

静岡=駿府、ですから幕末ゆかりの史跡もいろいろあります。特に清水港付近。「清水次郎長」が咸臨丸乗組員の遺体を収容して葬った※エピソードが有名ですね。

※品川沖を脱走した榎本艦隊が、仙台を目指して北上中の慶応4年(1868)8月23日、房総・銚子沖で暴風雨に遭遇、イバハチの乗る美嘉保丸が沈没、咸臨丸は下田を経て清水港に入港。
白旗を揚げたにも関わらず新政府軍に攻撃され、多くの乗組員が死傷。遺体は賊軍として放置されたが、清水の次郎長が収容して埋葬した。清水に「壮士の墓」として現在も残っています。(こちらで詳細案内が読めます)
ちなみにイバハチは何とか陸地に辿り着き、横浜に潜伏。船の手配が出来たところで本山小太郎とともに箱館に向かいます。


しかし時間的に清水まで行っている余裕は全くなし!ということで、JR静岡駅近くの「宝泰寺」の墓参だけしよう、と思い立ち寄りました。

寶泰(禅)寺(ほうたいぜんじ)◆ 所在地:静岡市葵区伝馬町12-2 交通:JR東海道本線/新幹線「静岡」駅徒歩5分

駅すぐ、なのにすごく広くて立派なお寺です。なんでも、「東海三名刹」のひとつだそうです。
ここを訪れたのは、やはり榎本艦隊のうちの一隻で、銚子沖の暴風雨に遭って沈没した「美嘉保丸」乗組員のお墓「壮士之墓」があるため。(清水にある壮士之墓、とは別です)
このお寺は、先日Akiさんに教えていただいた本「箱館戦争」に掲載されていたことで知りました。

境内は広くてとてもきれいです。今日はあいにくの雨、でしたが、晴れた日には散策でも楽しめそうです。
通用門入って左に歩くと墓地の入口があります。「壮士之墓」は、墓地入口入ってすぐ左手にありました。(墓地入口右手に、墓地内の案内図があり分かりやすいです。「歴史の墓」のひとつ)

墓石はもうかなり傷んでいて、「壮士之墓」は文字も大きく読めるのですが、側面にある文字は消えかかっていてほとんど読めませんでした。
(写真、撮ったんですが全然ピンボケでダメ、でした。。)
時間もあまりないので、お参りだけしておしまい、となりました。もっと時間があればゆっくり回りたいお寺でした。

※調べてみると、こちらのサイトに非常に詳しい記事が掲載されていますので参考にしてみてください。

静岡駅の近くには駿府城跡など本当に史跡やお寺がいっぱい!!今日は残念ながらスルーでしたが、「西郷・山岡(鉄舟)会見の地」も駅のすぐ近くにあります。
こちらのページの右上、「map」にいろいろ掲載されていますので見てみてくださいね~
町名も、昔ながらのものが多いです。区の名前も「葵区」。ほか、「鷹匠」、「呉服町」、「研屋町」、「両替町」などなど。。ザ・城下町。ですね。

佐幕派としては静岡も押さえておかねば。と思ったぷち・史跡探訪でした。

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2006/12/12(Tue) | 土方歳三(&旧幕臣ズ) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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