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チーム箱館追跡ツアー #30 ~折戸浜古戦場&砲台跡(1)
※道南地区南部の概要図はこちら

皆様大変お待たせいたしました!ようやく松前に辿り着きました(遅!)
松前シリーズ第1弾は、折戸浜古戦場&砲台跡についてです。

松前~江差の海岸線ルートは、「二つの顔を持つ場所」だと思います。
・旧幕軍が五稜郭入城後に松前(福山)城を落とし、残兵を追ってさらに進軍:明治元年(1868)11月
・雪どけを待って新政府軍が乙部に上陸し、いよいよ箱館目指して進軍開始、一進一退の展開に:明治2年(1869)4月
何といいますか「攻/守」、「明/暗」、時期によって箱館軍の戦況が相反する場所なんですね。

記事では史料をもとに、明治2年(1869)4月の江差~松前攻防戦についてまとめていきますが、その前に簡単に地理(距離)関係を。

★江差-松前の距離:約65、6km程度です
★江差→松前までの間で、よく出てくる地名とその距離はこんな感じ:
江差→(25、6km)→石崎→(7km)→小砂子(ちいさご)→(12km)→江良→(清部)→茂草(江良~茂草間6km)→(3km)→赤神→(2km)→札前→(2km)→根部田→(3km)→折戸→(3km)→松前 
※距離はいずれも概算。江良~松前が約20km

かなーりレアな写真を数枚撮っておりますが、こちらは記事の最後にご紹介します。まずは、乙部に新政府軍が上陸した後の攻防戦について時系列でまとめてみました。長いので数回に分けて記事を書く予定です。
私がなぜこんなに江差~松前攻防戦にこだわるのか。
この時新政府軍は「松前ルート」「木古内ルート」「二股ルート」の3手に分かれて進軍してくるんですが、世間の注目はどうしても箱館軍が勝ち続け、おまけに人気のある歳さんが布陣していた「二股ルート」に集中しがち
しかし、他のルートもかなり頑張って戦っていました。その事実をきちんと調べて伝えたいと思ってのことです。

※参考文献:「説夢録」石川忠恕(「説」)/ 「遊撃隊起終録」玉置弥五左衛門(「遊」)/ 「北洲新話」丸毛利恒(「北」)/ 「蝦夷錦」荒井宣行(「蝦」)/ 「南柯紀行」大鳥圭介(「南」)/ 「麦叢録」小杉雅之進(「麦」)/ 「島田魁日記」島田魁(「島」)

◆明治2年(1869)4月8日
新政府軍艦隊、津軽青森を出帆。松前沖を航海し石崎の沖に碇泊(「説」)。

◆4月9日:乙部に新政府軍第一陣が上陸。
9日早朝、敵艦隊江差沖を通過、乙部の浜に投碇陸兵6、700人程が上陸。江差には前夜石崎に敵艦が来たとの報告を受け予め軍議を行っていたが、敵艦が既に乙部に停泊しているので、三木軍司が(「麦」)一聯隊三小隊(「蝦」によれば二小隊)と砲兵隊砲二門を率いて、直ちに乙部に向って進軍を開始。
が、新政府軍は既に地形の有利なところに布陣済みであった。箱館軍、兵を進めて砲戦に及ぶが新政府軍の布陣地が優勢で、かつ兵の数も多い。
地形も兵力も不利なため、土場川を隔てて防戦に努めようとしたが、新政府軍の軍艦四、五隻が岸近くまで近づいてきて、大小砲を猛射。新しく造成した砲台から応戦するも、射程が足りず敵艦まで届かない。さらにまだ砲台が完成していないところには大砲を設置できていないところもある。沈没した開陽の大砲二門を海中より引き上げて海岸に備えていたが、弾がなく撃つことができない(「麦」)。
陸海からの攻撃に持ちこたえられないと判断、江差に引揚げる。(「説」)
この日の損害、負傷者兵卒二人、生死不明者数名(「麦」)。夜、石崎村に宿陣。
敵艦は陸兵をどんどん乙部に上陸させた後、数隻以外は余兵のピストン輸送のため、津軽、三厩、青森まで戻る(「説」)。

◆4月10日:江良にて小競り合い
江良町まで戻ると、敵の斥候を発見。待ち伏せして敵が近づいたところに発砲すると、敵は敗走(「説」「麦」)。
松前から遊撃隊・陸軍隊(「説」。「蝦」によれば砲兵)が来たが、江差から引揚げてきた兵と合流し、松前に引揚げる。
この日は根部田村(現、松前町館浜)に宿陣(「北」「麦」)。

◆4月11日:第一次江差奪還作戦。箱館軍、江良まで進撃。新政府軍、小砂子まで退却。
松前で軍議(「蝦」によれば12日)、江差奪還のため、敵の追撃を決定。夕方6時頃、一聯隊(五小隊)・遊撃隊(二十隊)・砲兵(一分隊)(「北」によれば彰義隊)、500名を率いて伊庭八郎、松岡四郎次郎、小杉雅之進、三木軍司、大塚鶴之丞らが出陣(「麦」)、大砲二門を引いて進軍。持ち場は地蔵山が陸軍隊、折戸台場が遊撃隊、その他の台場が砲兵隊(「北」)。
15、6町(1.6~7km)で敵の斥候に遭遇した(「北」「麦」)が、砲撃で蹴散らす(「説」)。
山手と浜辺とに分けて進撃、フランス伝習を受けている砲兵隊・細谷安太郎(頭取)が四斤旋条砲で敵兵を砲撃、乱れたところを遊撃隊隊長・伊庭八郎が隊士を指揮して抜刀斬り込み数人を斬り倒す
一聯隊の活躍で敵兵は根部田から敗走、札前・雨滴石・赤神等でも戦い追い散らす(「説」)。
敵は先鋒の松前兵をはじめ、長州・弘前・徳山・水戸など700余名で接戦するが箱館軍の決死の抜刀斬り込みで怯み(「遊」)、遂に崩れ、明けて4時頃茂草村に火を放って退却。箱館軍、勝に乗じて進撃、5里ほど先の江良町で日の出を迎え、停戦のラッパを吹いて全軍をまとめる。敵は既に引揚げて、死傷者は船で江差に送り、小砂子まで退却(「南」)。
この戦で大砲一門と小銃弾薬を多数分捕ることができた(「遊」)。

この戦の損害は次のとおり:
戦死:遊撃隊飯田東之助、大河内縫三郎、他兵卒など9人(「説」「麦」。「北」によれば5人)
負傷:14人(「説」「麦」。「遊」によれば討死+手負で十数名。「北」によれば十数名)

新政府軍側の損害:
戦死:20余人、負傷数不明(「説」。「遊」、「北」、「南」によれば死傷合計100名以上)

このとき、五稜郭の(榎本)総督から
・みだりに進撃せずに松前福山城を守り、福山城と五稜郭とを分断させられないように木古内の援兵を念頭に置け
との指令が来たため引揚げて折戸台場を守備した(「説」)とあります。

・・・ということで、この「第一次江差奪還作戦」は箱館軍側が一旦は押されたものの、反撃に出て何とか江良まで押し戻すことができました

そして!!
この時のイバハチがめちゃめちゃカッコイイのですっ!
原文にてご紹介します:

十一日十時々分、隊長(※イバハチです!)円陣ヲ作ラシメ、自ラ中央ニ立テ曰、
「我レ命ヲ受テ此地ヲ守ル、官軍一朝江差ヲ取リ直ニ此地ニ迫ル。今之ヲ払ズンバ何ノ面目ニシテ総裁ヲ見ンヤ。
兵法ニ所謂戦勝テ将驕リ卒惰ルハ敗ルヘシ。今夜ノ戦ハ必勝ノ策也、諸君努力セヨ」
ト言ケレバ、兵隊一同勇気十倍シ、皆死力ヲ尽サント思ヒケレ(「遊」)。


うほほー!カッコイイー!!
やっぱり抜刀しての白兵戦は遊撃隊、強いですね。さすがですね。

長くなりますので、続きは次回にて。(引っ張りすぎ??)

次の記事は→こちら


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2007/01/10(Wed) | チーム箱館追跡ツアー2006 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
コメント
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>Akiさん
はいっ!サービスさせていただきました(笑)
五稜郭からの松前引揚げ令については、ケースケも南柯紀行でちょこっと触れてますね。
記事、遅筆で大変恐縮ですが少しずつでもちゃんとしたものを書きますので、引き続きご贔屓に♪
by: ままこっち * 2007/01/12 22:31 * URL [ 編集] | page top↑
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>絵美子さん
おおーここにもイバハチストがいらっしゃいましたねっ!
イバハチ、マジかっこいいですよね。隊長~!どこまでもついていきますっ!みたいな。
ああーでもこの後木古内で致命傷を負ってしまう彼(涙)
遅筆なのは、木古内に辿り着きたくないのかも・・・(ケースケ先生は善戦してますけどね!)
by: ままこっち * 2007/01/12 22:29 * URL [ 編集] | page top↑
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きゃーきゃーきゃーーーーー!!!
これは私へのサービスですか?(違)
もっと声を大にしてイバハチの格好良さを
アピールして下さいっっっ!(力説)

…っと、4月11日で止まってる~っっっ!
こんなにノリノリのイバハチと愉快な遊撃隊なのに、
翌日、退却の命が下り、イバハチは号泣して悔しがるのですよっ!
結果的には釜ちゃんの退却命令は正しかったのだけど、
人見勝ちゃんやイバハチにとっては
ここまで来てどうして臆するのか!!という
口惜しさでいっぱいだったんだろうな…と思うと、
私もイバハチの涙にもらい泣きできすよー(泣笑)。
by: Aki_1031 * 2007/01/11 23:13 * URL [ 編集] | page top↑
--かっこいい!--

イバハチストです♪
彼にこんな風に言われたら、私も「お~!」って言って突っ込んでっちゃいますよ。
そんな人、多かったと思います。
by: 絵美子 * 2007/01/11 08:18 * URL [ 編集] | page top↑
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